「罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました」(2コリ. 5:21)
「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです」(ヘブ. 4:15)
「このように聖であり、罪なく、汚れなく、罪人から離され、もろもろの天よりも高くされている大祭司」(ヘブ. 7:26)
「永遠の“霊”によって、御自身をきずのないものとして神に献げられたキリスト」(ヘブ. 9:14)
「御子には罪がありません」(1ヨハ. 3:5)
「もはや、あなたがたと多くを語るまい。世の支配者が来るからである。だが、彼はわたしをどうすることもできない」(ヨハ. 14:30)
ギリシア語原文では ἐν ἐμοὶ οὐκ ἔχει οὐδέν、すなわち「彼はわたしの内に何も持っていない」です。キリストの内には、世の支配者が足場とできるもの(罪)が何一つないのです。
「あなたたちのうち、いったいだれが、わたしに罪があると責めることができるのか。わたしは真理を語っているのに、なぜわたしを信じないのか」(ヨハ. 8:46)
「彼は不法を働かずその口に偽りもなかったのに、その墓は神に逆らう者と共にされ、富める者と共に葬られた」(イザ. 53:9)