キリストは、教師や父と呼ばれてはならないと命じられる

「『律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。<…> そのすることは、すべて人に見せるためである。聖句の入った小箱を大きくしたり、衣服の房を長くしたりする。宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む。だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない(ギリシア語 Ῥαββί —「ラビ」、すなわち「わたしの先生」)。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなたがたの父は天の父おひとりだけだ』」(マタ. 23:2,5-9)

これは、体の一部を切り取ること(マタ. 5:29-30)や、キリストが平和ではなく剣をもたらし、家族を分けるために来られたということ(マタ. 10:34-35)と同じように、文字どおりの意味で言われているのではありません。ここでは謙遜の教えが与えられています。信じる者たちが「ラビ、ラビ」と呼ばれることを求めず(マタ. 23:7)、そのような呼び名を受けても高ぶらず、自分を高くせず、最高の権威、まことの父、まことの教師は神であることをわきまえるためです。

文脈から出発して、意味を正しく理解することが大切です。そうでなければ、子どもさえ自分の親を父と呼べないことになってしまいます。神は戒めの中で親をそう呼んでおられるのに(申. 5:16)。同じように、どんな教師も教師と呼ばれてはならないことになりますが、教会には確かに教師がいます。聖書から、これらの言葉が避けられていなかったことがわかります。

教師

キリストはファリサイ派のニコデモをイスラエルの教師と呼ばれる

「イエスは答えて言われた。『あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか』」(ヨハ. 3:10)

使徒は、自分が教師に任命されたと言う

「この福音のために、わたしは宣教者、使徒、教師に任命されました」(2テモ. 1:11)

「この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです。わたしは、その証しのために宣教者また使徒として、すなわち異邦人に信仰と真理を説く教師として任命されたのです。わたしは真実を語っており、偽りは言っていません」(1テモ. 2:6-7)

神は教会に教師を立てられた

「神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです」(1コリ. 12:28)

「そして、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされたのです」(エフェ. 4:11)

「奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい。また、教える人は教えに」(ロマ. 12:7)

「実際、あなたがたは今ではもう教師となっているはずなのに、再びだれかに神の言葉の初歩を教えてもらわねばならず、また、固い食物の代わりに、乳を必要とする始末だからです」(ヘブ. 5:12)

教師の責任についての警告

「わたしの兄弟たち、あなたがたのうち多くの人が教師になってはなりません。わたしたち教師がほかの人たちより厳しい裁きを受けることになると、あなたがたは知っています。わたしたちは皆、度々過ちを犯すからです。言葉で過ちを犯さないなら、それは自分の全身を制御できる完全な人です」(ヤコ. 3:1-2)

父

使徒は自分を父と呼び、信じる者たちを子と呼ぶ

「こんなことを書くのは、あなたがたに恥をかかせるためではなく、愛する自分の子供として諭すためなのです。キリストに導く養育係があなたがたに一万人いたとしても、父親が大勢いるわけではない。福音を通し、キリスト・イエスにおいてわたしがあなたがたをもうけたのです。<…> テモテをそちらに遣わしたのは、このことのためです。彼は、わたしの愛する子で、主において忠実な者であり、至るところのすべての教会でわたしが教えているとおりに、キリスト・イエスに結ばれたわたしの生き方を、あなたがたに思い起こさせることでしょう」(1コリ. 4:14-15,17)

「わたしの子供たち、キリストがあなたがたの内に形づくられるまで、わたしは、もう一度あなたがたを産もうと苦しんでいます」(ガラ. 4:19)

「わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しい方、イエス・キリストがおられます」(1ヨハ. 2:1)

「子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう」(1ヨハ. 3:18)

「自分の子供たちが真理に歩んでいると聞くほど、うれしいことはありません」(3ヨハ. 1:4)

「監禁中にもうけたわたしの子オネシモのことで、頼みがあるのです」(フィレ. 1:10)

アブラハムは信じる者たちの父である

「従って、信仰によってこそ世界を受け継ぐ者となるのです。恵みによって、アブラハムのすべての子孫、つまり、単に律法に頼る者だけでなく、彼の信仰に従う者も、確実に約束にあずかれるのです。彼はわたしたちすべての父です」(ロマ. 4:16)

「だから、信仰によって生きる人々こそ、アブラハムの子であるとわきまえなさい」(ガラ. 3:7)

「アブラムが九十九歳になったとき、主はアブラムに現れて言われた。『わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。<…> これがあなたと結ぶわたしの契約である。あなたは多くの国民の父となる。あなたは、もはやアブラムではなく、アブラハムと名乗りなさい。あなたを多くの国民の父とするからである』」(創. 17:1,4-5)

「アブラハムは、割礼を受ける前に信仰によって義とされた証しとして、割礼の印を受けたのです。こうして彼は、割礼のないままに信じるすべての人の父となり、彼らも義と認められました。更にまた、彼は割礼を受けた者の父、すなわち、単に割礼を受けているだけでなく、わたしたちの父アブラハムが割礼以前に持っていた信仰の模範に従う人々の父ともなったのです。<…> 『わたしはあなたを多くの民の父と定めた』と書いてあるとおりです。死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神を、アブラハムは信じ、その御前でわたしたちの父となったのです」(ロマ. 4:11-12,17)

神は父と母についての戒めを与えられる

「あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる」(出. 20:12)

「あなたの父母を敬え。あなたの神、主が命じられたとおりに。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生き、幸いを得る」(申. 5:16)

「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ」(マコ. 10:19)

「『父と母を敬いなさい。』これは約束を伴う最初の掟です」(エフェ. 6:2)

使徒は父たちに呼びかける

「父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい」(エフェ. 6:4)

「父親たち、子供をいらだたせてはならない。いじけるといけないからです」(コロ. 3:21)

「父たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは、あなたがたが、初めから存在なさる方を知っているからである。若者たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは、あなたがたが悪い者に打ち勝ったからである」(1ヨハ. 2:13)

神は、正しい意味で(本性によってではなく恵みによって)、「教師」や「父」だけでなく「神々」と呼ぶことさえ許される

「わたしは言った『あなたたちは神々なのか皆、いと高き方の子らなのか』と。しかし、あなたたちも人間として死ぬ。君侯のように、いっせいに没落する」(詩. 82:6-7)(新共同訳はこれを問いの形に訳していますが、ヘブライ語原文 אֱלֹהִים אַתֶּם も七十人訳 θεοί ἐστε も、「あなたたちは神々である」という断言です。キリスト御自身も、次の箇所でこの言葉を断言として引用しておられます。)

「そこで、イエスは言われた。『あなたたちの律法に、「わたしは言う。あなたたちは神々である」と書いてあるではないか。神の言葉を受けた人たちが、「神々」と言われている。そして、聖書が廃れることはありえない』」(ヨハ. 10:34-35)

とはいえ、キリストは、わたしたちが自分を僕と呼ぶよう戒めを与えておられます(ルカ. 17:10)。

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キリスト者を神の僕(奴隷)と呼ぶことへの反論について(ロシア語):キリスト者 — 神の僕

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Опубликовано пользователем: Rodion Vlasov
Создание страницы: 2026-10-25, обновление: 2026-10-25
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