預言者イザヤは、薬になるものによる治療を認めています:
「イザヤが、『干しいちじくを取って来るように』と言うので、人々がそれを取って来て患部に当てると、ヒゼキヤは回復した」(王下. 20:7)
神は植物を造られ、そのうちのあるものに薬効を持たせられました:
「医者をその仕事のゆえに敬え。主が医者を造られたのだから。いやしの業はいと高き方から授かり、それによって、王からは褒美を受ける。医者はその博識によって高い身分を与えられ、権勢ある人々の前で驚嘆される。主は大地から薬を造られた。分別ある人は薬を軽んじたりはしない」(シラ. 38:1-4)
医者にかかるときにも神に希望を置くこと:
「子よ、病気になったら放置せず、主に祈れ。そうすれば、主は治してくださる。過ちを犯すな。手を汚すな。あらゆる罪から心を清めよ。<…> その上で、医者にも助けを求めよ。主が医者を造られたのだから。彼を去らせるな。お前には彼が必要なのだ。医者の手によって病気が治る時もある。医者もまた主に祈り求めているのだ。病人の苦しみを和らげ、命を永らえさせる治療に成功することを」(シラ. 38:9-14)
医者だけにすべての希望を置くのは誤りです:
「その病の中にあっても、彼は主を求めず、医者に頼った」(代下. 16:12)
使徒であり福音記者であるルカは医者でした:
「愛する医者ルカ」(コロ. 4:14)