最初のキリスト者たちも病気にかかった
テモテ(エフェソの主教)は胃を患っており、使徒パウロが病気のゆえに斎を緩めるよう言うほどでした:
「これからは水ばかり飲まないで、胃のために、また、度々起こる病気のために、ぶどう酒を少し用いなさい」(1テモ. 5:23)
使徒パウロ自身も、高ぶらないように病を与えられました:
「また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです」(2コリ. 12:7)
エパフロディト(使徒パウロの同労者)は病気になり、死にかけました:
「ところでわたしは、エパフロディトをそちらに帰さねばならないと考えています。彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれましたが、しきりにあなたがた一同と会いたがっており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。実際、彼はひん死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました。彼だけでなく、わたしをも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださいました。<…> わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです」(フィリ. 2:25-27,30)
使徒パウロは、罪を犯しているキリスト者を、病に打たれるようサタンに引き渡します:
「現に居合わせた者のように、そんなことをした者を既に裁いてしまっています。<…> このような者を、その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それは主の日に彼の霊が救われるためです」(1コリ. 5:3,5)
聖体機密にふさわしくないままであずかったことが、多くのキリスト者を病気、衰弱、さらには死に至らせました:
「そのため、あなたがたの間に弱い者や病人がたくさんおり、多くの者が死んだのです」(1コリ. 11:30)
旧約の義人たちも病気にかかりました
「イサクは年をとり、目がかすんで見えなくなってきた…」(創. 27:1)
体の苦しみの益
罪から離れる助けとなる
「キリストは肉に苦しみをお受けになったのですから、あなたがたも同じ心構えで武装しなさい。肉に苦しみを受けた者は、罪とのかかわりを絶った者なのです」(1ペト. 4:1)
高慢から守る
「また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです」(2コリ. 12:7)
正気に立ち返らせる
「こうして、さすがの彼の高慢も完膚なきまでに砕かれ、神の鞭の一打ちごとに痛みも増し加わり、神の力を思い知ることとなった」(2マカ. 9:11)
神は病によって罰することがおできになる
神は不法と罪のゆえに罰することがおできになります:
「なぜ傷口を見て叫ぶのか。お前の痛みはいやされない。お前の悪が甚だしく罪がおびただしいのでわたしがお前にこうしたのだ」(エレ. 30:15)
神は、モーセを非難したミリアム(アロンとモーセの姉)を重い皮膚病で罰せられました:
「あなたたちは何故、畏れもせずわたしの僕モーセを非難するのか。」主は、彼らに対して憤り、去って行かれ、雲は幕屋を離れた。そのとき、見よ、ミリアムは重い皮膚病にかかり、雪のように白くなっていた。アロンはミリアムの方を振り向いた。見よ、彼女は重い皮膚病にかかっていた」(民. 12:8-10)
イスラエルの民は、神への礼拝から離れたために疫病に見舞われました:
「イスラエルはこうして、ペオルのバアルを慕ったので、主はイスラエルに対して憤られた。<…> この災害で死んだ者は二万四千人であった」(民. 25:3,9)
救い主は、病気の原因として罪を指摘しておられます:
「その後、イエスは、神殿の境内でこの人に出会って言われた。『あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない』」(ヨハ. 5:14)
神は憐れみ、病から守ることもおできになります
「言われた。『もしあなたが、あなたの神、主の声に必ず聞き従い、彼の目にかなう正しいことを行い、彼の命令に耳を傾け、すべての掟を守るならば、わたしがエジプト人に下した病をあなたには下さない。わたしはあなたをいやす主である』」(出. 15:26)
すべての病気が罪から来るのではない
「さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである』」(ヨハ. 9:1-3)
こちらも参照:医療。
ディダケー — 1~2世紀のキリスト教文書
「あなたの身に起こることはすべて善いこととして受け入れなさい。神なしには何事も起こらないことを知って」
(ディダケー、3章、英語。英訳からの訳)