原罪 —
1) アダムとエバの始祖の罪。
2) 人間の本性の損傷。人間の本性は今や罪深い思い、言葉、行いへと引き寄せられています(悪をしたいと望み、善を行うには意志の努力が必要です)。この状態は生まれるときに子孫に受け継がれます。主イエス・キリストを除くすべての人にです。
受胎の時から、すべての人は始祖(アダムとエバ)から罪深さを受け継ぐ
「汚れたものから清いものを引き出すことができましょうか。だれひとりできないのです」(ヨブ. 14:4)
「では、どうなのか。わたしたちには優れた点があるのでしょうか。全くありません。既に指摘したように、ユダヤ人もギリシア人も皆、罪の下にあるのです。次のように書いてあるとおりです。『正しい者はいない。一人もいない。悟る者もなく、神を探し求める者もいない。皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。善を行う者はいない。ただの一人もいない』」(ロマ. 3:9-12)
「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが」(ロマ. 3:23)
「このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです」(ロマ. 5:12)(「すべての人が罪を犯したからです」の「からです」は、ギリシア語原文では ἐφ᾿ ᾧ で、「その人(アダム)において」とも理解されます。)
「一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたように、一人の従順によって多くの人が正しい者とされるのです」(ロマ. 5:19)
「わたしたちは、律法が霊的なものであると知っています。しかし、わたしは肉の人であり、罪に売り渡されています。<…>『内なる人』としては神の律法を喜んでいますが、わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります」(ロマ. 7:14,22-23)
「わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした」(エフェ. 2:3)
「わたしは咎のうちに産み落とされ母がわたしを身ごもったときもわたしは罪のうちにあったのです」(詩. 51:7)
「人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。誰がそれを知りえようか」(エレ. 17:9)
成長するにつれて、すべての人は自分自身の罪深さをも身につける
「善のみ行って罪を犯さないような人間はこの地上にはいない」(コヘ. 7:20)
「実際には、生まれてきた人の中で不敬虔なふるまいをしなかった者は一人もいません。信仰を告白する人の中にさえ、罪を犯さなかった人はいません」(3エズ. 8:35)
「自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にありません」(1ヨハ. 1:8)
「罪を犯さない者は一人もいません」(代下. 6:36)
「決してそうではない。人はすべて偽り者であるとしても、神は真実な方であるとすべきです。『あなたは、言葉を述べるとき、正しいとされ、裁きを受けるとき、勝利を得られる』と書いてあるとおりです」(ロマ. 3:4)
「次のように書いてあるとおりです。『正しい者はいない。一人もいない』」(ロマ. 3:10)
「しかし、聖書はすべてのものを罪の支配下に閉じ込めたのです。それは、神の約束が、イエス・キリストへの信仰によって、信じる人々に与えられるようになるためでした」(ガラ. 3:22)
神は悔い改めと改善へと招いておられる
「さて、神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです」(使. 17:30-31)
「すると、ペトロは彼らに言った。『悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます』」(使. 2:38)
「信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける」(マコ. 16:16)