「子よ、若いときから教訓を受け入れよ。白髪になるまでに、知恵を見いだすように。耕し、種蒔く農夫のように、知恵に近づき、その豊かな実りを待ち望め。知恵を得るには、しばらく苦労するが、やがて、その実を味わうだろう。教訓を受け入れない者にとって、知恵はなんと忌まわしいことか。愚かな者は、知恵の中に踏みとどまれない。力試しの石のように、知恵は重荷となって彼を苦しめ、彼はすぐにそれをほうり出す」(シラ. 6:18-21)
「いつまで浅はかな者は浅はかであることに愛着をもち不遜な者は不遜であることを好み愚か者は知ることをいとうのか。<…> 浅はかな者は座して死に至り愚か者は無為の内に滅びる」(箴. 1:22,32)
「貧乏でも、完全な道を歩む人は唇の曲がった愚か者よりも幸いだ。知識がなければ欲しても不毛だ。あまり足を急がせると過ちを犯す。人は無知によって自分の道を滅ぼす。しかも主に対して心に憤りをもつ」(箴. 19:1-3)
「心を得た人は自分の魂を愛する。英知を守る人は幸いを見いだす」(箴. 19:8)
「怠け者の畑の傍らを意志の弱い者のぶどう畑の傍らを、通ってみた。見よ、いらくさが一面に茂りあざみが覆い尽くし、石垣は崩れていた」(箴. 24:30-31)(「意志の弱い者」は、ヘブライ語原文では חֲסַר־לֵב —「心(分別)の欠けた者」です。)
「自分自身と教えとに気を配りなさい。以上のことをしっかりと守りなさい。そうすれば、あなたは自分自身と、あなたの言葉を聞く人々とを救うことになります」(1テモ. 4:16)
「民の愚かな者よ、気づくがよい。無知な者よ、いつになったら目覚めるのか」(詩. 94:8)
「諭しを愛する人は知識を愛する。懲らしめを憎む者は愚かだ」(箴. 12:1)
「浅はかな者は座して死に至り愚か者は無為の内に滅びる」(箴. 1:32)
「浅はかな者は無知を嗣業とし熟慮ある人は知識をその冠とする」(箴. 14:18)
「知恵ある人の冠はその富。愚か者の冠はその無知」(箴. 14:24)
「うそは、人間にとって醜い汚点、教養のない人間は、絶えずそれを口にする」(シラ. 20:24)
「教訓を真心から望むことが知恵の始まりであり、教訓に心を配ることは知恵への愛である。この愛は知恵の命じる掟を守ることである。掟を守ることは不滅を保障し」(知. 6:17-18)
「ヤンネとヤンブレがモーセに逆らったように、彼らも真理に逆らっています。彼らは精神の腐った人間で、信仰の失格者です」(2テモ. 3:8)
「彼は、どの手紙の中でもこのことについて述べています。その手紙には難しく理解しにくい個所があって、無学な人や心の定まらない人は、それを聖書のほかの部分と同様に曲解し、自分の滅びを招いています」(2ペト. 3:16)