人間は神の像と肖として構想された
「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう…』」(創. 1:26)
しかし、人間は像(かたどり)においてだけ創造されます:
「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」(創. 1:27)
「これはアダムの系図の書である。神は人を創造された日、神に似せてこれを造られ」(創. 5:1)
教会スラヴ語訳が従う七十人訳(創. 5:1、七十人訳)では、κατ᾿ εἰκόνα θεοῦ ἐποίησεν αὐτόν —「神の像にかたどってこれを造られた」です。
「人の血を流す者は人によって自分の血を流される。人は神にかたどって造られたからだ」(創. 9:6)
人間における神の像
永遠の存在:
「神は人間を不滅な者として創造し、御自分の本性の似姿として造られた」(知. 2:23)(「本性」は ἰδιότητος という読みによるもので、別の写本では ἀϊδιότητος —「永遠性」です。教会スラヴ語訳とロシア語訳はこちらに従っています。すなわち「御自分の永遠性の像として造られた」。)
人間における神の肖
人間は神に似た者となるよう招かれているにすぎません:
「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」(マタ. 11:29)
「神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです」(ロマ. 8:29)