聖書に挙げられている死に至る罪のいくつか:
「あらゆる不義、悪、むさぼり、悪意に満ち、ねたみ、殺意、不和、欺き、邪念にあふれ、陰口を言い、人をそしり、神を憎み、人を侮り、高慢であり、大言を吐き、悪事をたくらみ、親に逆らい、無知、不誠実、無情、無慈悲です。彼らは、このようなことを行う者が死に値するという神の定めを知っていながら、自分でそれを行うだけではなく、他人の同じ行為をも是認しています」(ロマ. 1:29-32)(ビザンティン本文(多数派写本)では、29節に「淫行」(πορνείᾳ)、31節に「和解しない者」(ἀσπόνδους)という語が加わっています。)
「肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません」(ガラ. 5:19-21)(「仲間争い」は、ギリシア語原文では αἱρέσεις —「異端」です。ビザンティン本文(多数派写本)では、21節に「殺人」(φόνοι)という語が加わっています。)
「正しくない者が神の国を受け継げないことを、知らないのですか。思い違いをしてはいけない。みだらな者、偶像を礼拝する者、姦通する者、男娼、男色をする者、泥棒、強欲な者、酒におぼれる者、人を悪く言う者、人の物を奪う者は、決して神の国を受け継ぐことができません」(1コリ. 6:9-10)
「すべてみだらな者、汚れた者、また貪欲な者、つまり、偶像礼拝者は、キリストと神との国を受け継ぐことはできません。このことをよくわきまえなさい」(エフェ. 5:5)
「しかし、おくびょうな者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、みだらな行いをする者、魔術を使う者、偶像を拝む者、すべてうそを言う者、このような者たちに対する報いは、火と硫黄の燃える池である。それが、第二の死である」(黙. 21:8)
「命の木に対する権利を与えられ、門を通って都に入れるように、自分の衣を洗い清める者は幸いである。犬のような者、魔術を使う者、みだらなことをする者、人を殺す者、偶像を拝む者、すべて偽りを好み、また行う者は都の外にいる」(黙. 22:14-15)(「自分の衣を洗い清める者」は一部の写本の読みで、ビザンティン本文(多数派写本)では ποιοῦντες τὰς ἐντολὰς αὐτοῦ —「その戒めを行う者」です。)
「うそをつく証人は罰を免れることはない。欺きの発言をすれば逃げおおせることはない。<…> うそをつく証人は罰を免れることはない。欺きの発言をする者は滅びる」(箴. 19:5,9)
人が生きていて悔い改めを献げ、キリストの教会に入ることができる間は、すべての罪が赦されえます。人は、体のうちに生きていた間に行ったことによって裁かれます:
「なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです」(2コリ. 5:10)