「わたしの兄弟たち、栄光に満ちた、わたしたちの主イエス・キリストを信じながら、人を分け隔てしてはなりません。あなたがたの集まりに、金の指輪をはめた立派な身なりの人が入って来、また、汚らしい服装の貧しい人も入って来るとします。その立派な身なりの人に特別に目を留めて、『あなたは、こちらの席にお掛けください』と言い、貧しい人には、『あなたは、そこに立っているか、わたしの足もとに座るかしていなさい』と言うなら、あなたがたは、自分たちの中で差別をし、誤った考えに基づいて判断を下したことになるのではありませんか。<…> もしあなたがたが、聖書に従って、『隣人を自分のように愛しなさい』という最も尊い律法を実行しているのなら、それは結構なことです。しかし、人を分け隔てするなら、あなたがたは罪を犯すことになり、律法によって違犯者と断定されます」(ヤコ. 2:1-4,8-9)
「奴隷たち、どんなことについても肉による主人に従いなさい。人にへつらおうとしてうわべだけで仕えず、主を畏れつつ、真心を込めて従いなさい」(コロ. 3:22)
「奴隷たち、キリストに従うように、恐れおののき、真心を込めて、肉による主人に従いなさい。人にへつらおうとして、うわべだけで仕えるのではなく、キリストの奴隷として、心から神の御心を行い、人にではなく主に仕えるように、喜んで仕えなさい」(エフェ. 6:5-7)
「恐れるべきでないところで、彼らは大いに恐れた。神が人にへつらう者たちの骨を散らされたからである。彼らは恥を受けた。神が彼らを退けられたからである」(詩. 52:5、七十人訳)(ギリシア語からの訳:ὁ θεὸς διεσκόρπισεν ὀστᾶ ἀνθρωπαρέσκων。ヘブライ語本文に従う新共同訳 53:6 では「人にへつらう者」の語はありません。)
「いつまであなたたちは不正に裁き神に逆らう者の味方をするのか」(詩. 82:2)(ヘブライ語原文では וּפְנֵי רְשָׁעִים תִּשְׂאוּ —「悪しき者の顔を立てる(えこひいきする)」です。)
「あなたたちは不正な裁判をしてはならない。あなたは弱い者を偏ってかばったり、力ある者におもねってはならない。同胞を正しく裁きなさい」(レビ. 19:15)
「これらもまた、賢人の言葉である。裁判でえこひいきをするのは良くない」(箴. 24:23)
「人を偏り見るのはよくない。だれでも一片のパンのために罪を犯しうる」(箴. 28:21)
「主は正義の胸当てを着け、偽りのない裁きの兜をかぶり」(知. 5:18)
「しかし、以下の事柄は恥じる必要がない。他人の思惑を気にして罪を犯してはならない。いと高き方の律法と契約、不信仰な者への正しい裁きを恥じるな」(シラ. 42:1-2)(ギリシア語 μὴ λάβῃς πρόσωπον τοῦ ἁμαρτάνειν —「人の顔色をうかがって罪を犯すな」)
「わたしも、あなたたちを民のすべてに軽んじられる価値なき者とした。あなたたちがわたしの道を守らず人を偏り見つつ教えたからだ」(マラ. 2:9)
「こういう者たちは、自分の運命について不平不満を鳴らし、欲望のままにふるまい、大言壮語し、利益のために人にこびへつらいます」(ユダ. 1:16)(ギリシア語 θαυμάζοντες πρόσωπα ὠφελείας χάριν —「利益のために人の顔をほめそやす」)
Опубликовано пользователем: Rodion Vlasov
Создание страницы: 2026-10-25,
обновление: 2026-10-25
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