知恵は兄弟たちの同じ思いと一致によって飾られる
「知恵は自分自身をほめたたえ、その民の中で誇らしげに歌う。いと高き方の御前での集会で知恵は語り、天の万軍を前に誇らかに歌う。『わたしはいと高き方の口から出て、霧のように大地を覆った <…>』」(シラ. 24:1-3)
「わたしは三つのものによって飾られ、主の前にも人の前にも美しく立った。兄弟たちの一致、隣人たちの友情、互いに心を合わせる妻と夫」(シラ. 25:1、七十人訳。ギリシア語からの訳:Ἐν τρισὶν ὡραίσθην καὶ ἀνέστην ὡραία ἔναντι κυρίου καὶ ἀνθρώπων· ὁμόνοια ἀδελφῶν…)。ギリシア語本文では、知恵が引き続き自分自身について語っています。新共同訳はこの節を「わたしを大いに喜ばす三つのもの」と訳しています(シラ. 25:1)。
教会に一致と同じ思いが与えられるようにとの祈り
「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです」(ヨハ. 17:21-22)
「忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ」(ロマ. 15:5)
同じ思いを持つようにとの戒め
神からの賜物は、人の意志に反して与えられるのではありません。たとえば、愛は神の賜物です(1ヨハ. 4:7-8; ガラ. 5:22-23; ロマ. 5:5)。それでも愛は人に押しつけられるのではなく、来た後も、その人の意志に反してとどまるのではありません。だれもが愛を得るために労苦し(1コリ. 13:1-2,13; コロ. 3:14)、自分の意志を愛の行いへと傾けなければならず(ヨハ. 13:34; ヨハ. 15:12; ヨハ. 15:17; 1ペト. 1:22)、神はこの努力に応えて、賜物を与え、守ってくださるのです(箴. 21:31)。
同じ思いも神から来ます。キリストと使徒たちはそれを神に祈り求めたからです(ヨハ. 17:21-22; ロマ. 15:5)。愛と同じ思いの賜物は聖霊によって教会に与えられましたが、教会にいるだれもが労苦によってこの賜物を得、守らなければなりません。信者の一人一人が、愛に対しても同じ思いに対しても罪を犯しうるのです。それゆえ、一人一人が愛と同じ思いを守るよう呼びかけられています:
「互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません」(ロマ. 12:16)
「さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい」(1コリ. 1:10)
「終わりに、兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいてくださいます」(2コリ. 13:11)
「同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしの喜びを満たしてください」(フィリ. 2:2)
「終わりに、皆心を一つに、同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚になりなさい」(1ペト. 3:8)
反論への応答
あなたがたの間に仲間争いも避けられない
「あなたがたの間で、だれが適格者かはっきりするためには、仲間争い(αἱρέσεις)も避けられないかもしれません」(1コリ. 11:19)
原文では、「仲間争い」の代わりに「異端」(ギリシア語 αἱρέσεις)という語があります。つまり、あなたがたの間に異端もなければならない、ということです。これは単に異端が生じることについての預言です。異端を生み出す者は、使徒の言葉によれば、神の国を受け継ぐことができません:
「肉の業は明らかです。それは、<…> 仲間争い(αἱρέσεις —「異端」)<…> その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません」(ガラ. 5:19-21)