謙遜(へりくだった心)は高慢に対立する徳です。
神の被造物として、自分に対する神の御心を穏やかに受け入れること。
小さな事においても大きな事においても、神と、その定めと摂理とに従うこと。
自分について控えめに考え、神に信頼し、神に希望を置くこと。
主はへりくだる者の神である
「あなたの力は人の数によるものではなく、あなたの主権は強者に頼るものでもありません。あなたは虐げられた者の神、小さき者の助け主、弱き者の支え、見捨てられた者の守り、希望を失った者の救い主」(ユデ. 9:11)(「虐げられた者」は、ギリシア語原文では ταπεινῶν —「へりくだった者、低い者」です。)
謙遜の戒め
主イエス・キリストは、御自分から謙遜を学ぶよう呼びかけておられます:
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」(マタ. 11:28-29)
「互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません」(ロマ. 12:16)
「人よ、何が善であり主が何をお前に求めておられるかはお前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛しへりくだって神と共に歩むこと、これである」(ミカ. 6:8)
「心の包皮を切り捨てよ。二度とかたくなになってはならない*」(申. 10:16)
*「かたくなになる」は、ヘブライ語原文では「首を固くする」です。首の固い民とは、神の前に頭を垂れず、へりくだらない民のことです。
生神女はその謙遜のゆえに神に選ばれた
「身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう」(ルカ. 1:48)
ギリシア語原文では ἐπέβλεψεν ἐπὶ τὴν ταπείνωσιν —「はしための謙遜(低さ)に目を留められた」です。
神はへりくだる者に恵みをお与えになる
「同じように、若い人たち、長老に従いなさい。皆互いに謙遜を身に着けなさい。なぜなら、『神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる』からです。だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます」(1ペト. 5:5-6)
「もっと豊かな恵みをくださる。それで、こう書かれています。『神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる』」(ヤコ. 4:6)
「主は不遜な者を嘲りへりくだる人に恵みを賜る」(箴. 3:34)
「子よ、何事をなすにも柔和であれ。そうすれば、施しをする人にもまして愛される。偉くなればなるほど、自らへりくだれ。そうすれば、主は喜んで受け入れてくださる。<…> 主の威光は壮大。主はへりくだる人によってあがめられる」(シラ. 3:17-20)
「高慢には軽蔑が伴い謙遜には知恵が伴う」(箴. 11:2)
神はへりくだる者を救われる
「主は打ち砕かれた心に近くいまし悔いる霊を救ってくださる」(詩. 34:19)
七十人訳(詩. 33:18、七十人訳)では τοὺς ταπεινοὺς τῷ πνεύματι σώσει —「霊においてへりくだる者を救われる」です。
「主は御自分の民を喜び貧しい人を救いの輝きで装われる」(詩. 149:4)(「貧しい人」は、ヘブライ語原文では עֲנָוִים —「へりくだった人々」です。)
「主を畏れて身を低くすれば富も名誉も命も従って来る」(箴. 22:4)
神はへりくだる者を高められる
「主は貧しい人々を励まし逆らう者を地に倒される」(詩. 147:6)(ヘブライ語原文では מְעוֹדֵד עֲנָוִים —「へりくだった人々を支え起こされる」です。)
「主は御自分の民を喜び貧しい人を救いの輝きで装われる」(詩. 149:4)
「主を畏れることは諭しと知恵。名誉に先立つのは謙遜」(箴. 15:33)
「破滅に先立つのは心の驕り。名誉に先立つのは謙遜」(箴. 18:12)
「主を畏れて身を低くすれば富も名誉も命も従って来る」(箴. 22:4)
「驕る者は低くされ心の低い人は誉れを受けるようになる」(箴. 29:23)
神はへりくだる者の祈りを聞かれる
「主よ、あなたは貧しい人に耳を傾けその願いを聞き、彼らの心を確かにし」(詩. 10:17)(「貧しい人」は、ヘブライ語原文では עֲנָוִים —「へりくだった人々」です。)
「謙虚な人の祈りは、雲を突き抜けて行き、それが主に届くまで、彼は慰めを得ない」(シラ. 35:21)
「わたしが顧みるのは苦しむ人、霊の砕かれた人わたしの言葉におののく人」(イザ. 66:2)
「しかし、打ち砕かれた魂とへりくだった霊によって、わたしたちが受け入れられますように」(ダニ. 3:39、七十人訳。アザリヤの祈り。ギリシア語からの訳:ἀλλ᾿ ἐν ψυχῇ συντετριμμένῃ καὶ πνεύματι τεταπεινωμένῳ προσδεχθείημεν。この箇所は新共同訳のダニエル書にはありません)
「しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を神よ、あなたは侮られません」(詩. 51:19)
七十人訳(詩. 50:17、七十人訳)では、心は「打ち砕かれ、へりくだった」(συντετριμμένην καὶ τεταπεινωμένην)心です。
神はへりくだる者を慰められる
「しかし、気落ちした者を力づけてくださる神は、テトスの到着によってわたしたちを慰めてくださいました」(2コリ. 7:6)
ギリシア語原文では ὁ παρακαλῶν τοὺς ταπεινούς —「へりくだった者を慰める方」です。
「主は高くいましても低くされている者を見ておられます。遠くにいましても傲慢な者を知っておられます」(詩. 138:6)
神はへりくだる者を守られる
「主を求めよ。主の裁きを行い、苦しみに耐えてきたこの地のすべての人々よ恵みの業を求めよ、苦しみに耐えることを求めよ。主の怒りの日にあるいは、身を守られるであろう」(ゼファ. 2:3)(「苦しみに耐えてきた」「苦しみに耐えること」は、ヘブライ語原文では עַנְוֵי —「へりくだった者たち」、עֲנָוָה —「謙遜」です。)
「主は、諸国民を根こそぎにし、代わりに、身分の低い人々を植え付けられた」(シラ. 10:15)
「わたしはお前の中に苦しめられ、卑しめられた民を残す。彼らは主の名を避け所とする」(ゼファ. 3:12)
神はへりくだる者と共に住まわれる
「高く、あがめられて、永遠にいましその名を聖と唱えられる方がこう言われる。わたしは、高く、聖なる所に住み打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にありへりくだる霊の人に命を得させ打ち砕かれた心の人に命を得させる」(イザ. 57:15)
謙遜についてのたとえ
婚宴での席の選び方について
「イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された。『婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない。あなたよりも身分の高い人が招かれており、あなたやその人を招いた人が来て、「この方に席を譲ってください」と言うかもしれない。そのとき、あなたは恥をかいて末席に着くことになる。招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、「さあ、もっと上席に進んでください」と言うだろう。そのときは、同席の人みんなの前で面目を施すことになる』」(ルカ. 14:7-10)
徴税人とファリサイ派の人
「ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(ルカ. 18:13-14)
「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(ルカ. 18:10-14)