神の恵みの働きは、いつもその人自身の信仰とその人自身の願いによって起こるとは限りません。神が、愛する人のために骨を折り、その人のために願う(祈る)近しい人々の信仰によって働かれた例は少なくありません。
4人の友と中風の人
中風の人を、大いに骨を折ってキリストのもとに連れて来た友人たちの信仰によって、いやしと罪の赦しが起こります。
「イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた」(マコ. 2:5)
百人隊長とその僕
百人隊長が信じて願いますが、いやされるのは百人隊長の僕です。
「すると、百人隊長は答えた。『主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。』<…> イエスはこれを聞いて感心し、従っていた人々に言われた。『はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。』<…> そして、百人隊長に言われた。『帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように。』ちょうどそのとき、僕の病気はいやされた」(マタ. 8:8,10,13)
父と悪霊に取りつかれた息子
父親が信じて願いますが、悪霊からいやされるのは息子です。
「先生、息子をおそばに連れて参りました。この子は霊に取りつかれて、ものが言えません。<…> イエスは父親に、『このようになったのは、いつごろからか』とお尋ねになった。父親は言った。『幼い時からです。<…> おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください。』イエスは言われた。『「できれば」と言うか。信じる者には何でもできる。』その子の父親はすぐに叫んだ。『信じます。信仰のないわたしをお助けください』」(マコ. 9:17-27)
カナンの母と悪霊に取りつかれた娘
母親が信じて願いますが、悪霊からいやされるのはカナンの女(シリア・フェニキアの女 — マコ. 7:26)の娘です。
「すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、『主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています』と叫んだ。<…> そこで、イエスはお答えになった。『婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。』そのとき、娘の病気はいやされた」(マタ. 15:22-28)
ヤイロと12歳の娘
父親(ヤイロ)が信じて願いますが、生き返らされ、いやされるのは娘です。
「そこへ、ヤイロという人が来た。この人は会堂長であった。彼はイエスの足もとにひれ伏して、自分の家に来てくださるようにと願った。十二歳ぐらいの一人娘がいたが、死にかけていたのである。<…>『お嬢さんは亡くなりました。この上、先生を煩わすことはありません。』イエスは、これを聞いて会堂長に言われた。『恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。』<…> イエスは娘の手を取り、『娘よ、起きなさい』と呼びかけられた。すると娘は、その霊が戻って、すぐに起き上がった」(ルカ. 8:41-42,49-55)
王の役人とその息子
役人が信じて願いますが、いやされるのはその息子です。
「さて、カファルナウムに王の役人がいて、その息子が病気であった。この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞き、イエスのもとに行き、カファルナウムまで下って来て息子をいやしてくださるように頼んだ。息子が死にかかっていたからである。<…> イエスは言われた。『帰りなさい。あなたの息子は生きる。』その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った」(ヨハ. 4:46-50)
結論
このように、救い主は、子どもたちに対する神の働きを示すために、親の信仰を期待されました。そして親の願いと信仰によって、神の恵みは子どもたちに働いたのです。