ユダヤ人の民がエジプトの捕囚から葦の海の底を通って渡ったことは、洗礼(1コリ. 10:2)、罪の奴隷状態から出ることの予型です。預言者モーセは葦の海の水に元の場所へ戻るよう命じます(出. 14:26-27)。神は預言者モーセに、杖を上げて海を分けるよう言われ(出. 14:16,21)、民が向こう岸に渡ったとき、モーセは手で水に元の場所へ戻るよう命じることになりました(出. 14:26-27)。論理的に言えば、これは前の分ける動きとは対照的に、横の動きで行われます。その結果、十字架ができます:
「前」の、分ける縦の動き。
「後」の、合わせる横の動き。
その結果が十字架です(この「|」とこの「—」で「+」になります)。十字架によってユダヤ人は奴隷状態から救われました。わたしたちも同じように、洗礼の水に浸されることにより、キリストの十字架によって罪の奴隷状態から救われるのです。