神はご自身の似姿に人間を創造されましたが、
「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。」 (創. 1:27)
それでも、これは神が外見的に人間に似ているという意味ではありません。神に手や足、目や耳などがあるという意味ではありません:
「あなたも肉の目を持ち人間と同じ見方をなさるのですか。 人間同様に一生を送り男の一生に似た歳月を送られるのですか。」 (ヨブ. 10:4-5)
「わたしの思いは、あなたたちの思いと異なりわたしの道はあなたたちの道と異なると主は言われる。 天が地を高く超えているようにわたしの道は、あなたたちの道をわたしの思いはあなたたちの思いを、高く超えている。」 (イザ. 55:8-9)
「神は人ではないから、偽ることはない。人の子ではないから、悔いることはない。言われたことを、なされないことがあろうか。告げられたことを、成就されないことがあろうか。」 (民. 23:19)
人間は肉と魂と霊から成っています。しかし、神は肉から成っておられません。神は霊です:
「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」」 (ヨハ. 4:24)
神は全く物質から成っておられません。なぜなら、神は世界や物質が創造される前から存在しておられるからです:
「初はじめに言ことばがあった。言ことばは神かみと共ともにあった。言ことばは神かみであった。 <...> 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。」 (ヨハ. 1:1,3)
ここでは神の本質について述べられています。確かに、神は人となられました(人間に似たのではなく、本物の人間となられました)。その時以来、私たちは神を人間としても語ることができます。しかし、人となられたことで、神はそれ以前の御自身であられることをやめられたわけではありません。すなわち、神であられることをやめられたわけではありません。ここで語られているのは、神の本質についてです。