キリスト教の理想
キリスト教の理想は、生涯ただ一度の結婚です。
信徒への譲歩
妻または夫が死んだ場合、新しい結婚は勧められてはいませんが(キリスト者は死後の生命と死者の全体的な復活を信じているからです)、使徒が語った譲歩として許されています。人が何か重い罪に陥り、ついにはまったく滅びてしまうことのないようにするためです。
「未婚者とやもめに言いますが、皆わたしのように独りでいるのがよいでしょう。しかし、自分を抑制できなければ結婚しなさい。情欲に身を焦がすよりは、結婚した方がましだからです」(1コリ. 7:8-9)
「だから、わたしが望むのは、若いやもめは再婚し、子供を産み、家事を取りしきり、反対者に悪口の機会を一切与えないことです」(1テモ. 5:14)
救い主もまた、離縁の禁止について語りながら、淫行(姦淫)の場合を例外とされます。
「『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。不法な結婚でもないのに妻を離縁する者はだれでも、その女に姦通の罪を犯させることになる。離縁された女を妻にする者も、姦通の罪を犯すことになる」(マタ. 5:31-32)(「不法な結婚でもないのに」は、ギリシア語原文では παρεκτὸς λόγου πορνείας —「淫行の理由以外で」です。)
こうして、配偶者が死んだ場合、あるいは不貞を働いた場合には、新しい結婚が可能です。しかしそれも際限なくではなく、譲歩としてだけ、さらに二回までです。
同様の考え方から、教会はこれらの理由にいくつかのほかの理由も加えました。たとえば配偶者による命の危険などです(ロシア語)。
神品には、一度だけ結婚した者を選ばなければならない
このことに触れておくのは、一つの結婚にとどまることが、実際により尊い生き方と見なされていることを知るためです。
「だから、監督(主教)は、非のうちどころがなく、一人の妻の夫であり、節制し、分別があり、礼儀正しく、客を親切にもてなし、よく教えることができなければなりません」(1テモ. 3:2)
「奉仕者(輔祭)は一人の妻の夫で、子供たちと自分の家庭をよく治める人でなければなりません」(1テモ. 3:12)
「あなたをクレタに残してきたのは、わたしが指示しておいたように、残っている仕事を整理し、町ごとに長老たち(ギリシア語 πρεσβυτέρους —「司祭たち」)を立ててもらうためです。長老は、非難される点がなく、一人の妻の夫であり、その子供たちも信者であって、放蕩を責められたり、不従順であったりしてはなりません」(テト. 1:5-6)