1 | ダビデは身を震わせ、城門の上の部屋に上って泣いた。彼は上りながらこう言った。「わたしの息子アブサロムよ、わたしの息子よ。わたしの息子アブサロムよ、わたしがお前に代わって死ねばよかった。アブサロム、わたしの息子よ、わたしの息子よ。」 |
2 | 王がアブサロムを悼んで泣いているとの知らせがヨアブに届いた。 |
3 | その日兵士たちは、王が息子を思って悲しんでいることを知った。すべての兵士にとって、その日の勝利は喪に変わった。 |
4 | その日兵士たちは、戦場を脱走して来たことを恥じる兵士が忍び込むようにして、こっそりと町に入った。 |
5 | 王は顔を覆い、大声で叫んでいた。「わたしの息子アブサロム、アブサロム。わたしの息子、わたしの息子よ。」 |
6 | ヨアブは屋内の王のもとに行き、言った。「王は今日、王のお命、王子、王女たちの命、王妃、側女たちの命を救ったあなたの家臣全員の顔を恥にさらされました。 |
7 | あなたを憎む者を愛し、あなたを愛する者を憎まれるのですか。わたしは今日、将軍も兵士もあなたにとっては無に等しいと知らされました。この日、アブサロムが生きていて、我々全員が死んでいたら、あなたの目に正しいと映ったのでしょう。 |
8 | とにかく立って外に出、家臣の心に語りかけてください。主に誓って言いますが、出て来られなければ、今夜あなたと共に過ごす者は一人もいないでしょう。それはあなたにとって、若いときから今に至るまでに受けたどのような災いにもまして、大きな災いとなるでしょう。」 |
9 | 王は立ち上がり、城門の席に着いた。兵士は皆、王が城門の席に着いたと聞いて、王の前に集まった。エルサレムへの帰還イスラエル軍はそれぞれ自分の天幕に逃げ帰った。 |
10 | イスラエル諸部族の間に議論が起こった。「ダビデ王は敵の手から我々を救い出し、ペリシテの手からも助け出してくださった。だが今は、アブサロムのために国外に逃げておられる。 |
11 | 我々が油を注いで王としたアブサロムは戦いで死んでしまった。それなのに、なぜあなたたちは黙っているばかりで、王を連れ戻そうとしないのか。」 |
12 |
イスラエルのすべての人々の声はダビデ王の家にまで届いた。王は、祭司ツァドクとアビアタルのもとに人を遣わしてこう言った。 「ユダの長老たちにこう言ってくれ。あなたたちは王を王宮に連れ戻すのに遅れをとるのか。 |
13 | あなたたちはわたしの兄弟、わたしの骨肉ではないか。王を連れ戻すのに遅れをとるのか。 |
14 | アマサに対してはこう言ってくれ。お前はわたしの骨肉ではないか。ヨアブに代えてこれから先ずっと、お前をわが軍の司令官に任じないなら、神が幾重にもわたしを罰してくださるように。」 |
15 | ダビデはユダのすべての人々の心を動かして一人の人の心のようにした。ユダの人々は王に使者を遣わし、「家臣全員と共に帰還してください」と言った。 |
16 | 王は帰途につき、ヨルダン川まで来た。ユダの人々は王を迎え、ヨルダン川を渡るのを助けようとして、ギルガルまで来ていた。 |
17 | バフリム出身のあのベニヤミン人、ゲラの子シムイもユダの人々と共にダビデ王を迎えようと急いで下って来た。 |
18 | シムイはベニヤミン族の千人を率いていた。サウル家の従者であったツィバは、十五人の息子と二十人の召し使いを率い、ヨルダン川を渡って、王の前に出た。 |
19 | 彼が渡し場を渡ったのは、王の目にかなうよう、渡るときに王家の人々を助けて川を渡らせるためであった。ゲラの子シムイは、王がヨルダン川を渡ろうとするとき、王の前にひれ伏し、 |
20 | 王に言った。「どうか、主君がわたしを有罪とお考えにならず、主君、王がエルサレムを出られた日にこの僕の犯した悪をお忘れください。心にお留めになりませんように。 |
21 | わたしは自分の犯した罪をよく存じています。ですから、本日ヨセフの家のだれよりも早く主君、王をお迎えしようと下って参りました。」 |
22 | ツェルヤの子アビシャイが答えた。「シムイが死なずに済むものでしょうか。主が油を注がれた方をののしったのです。」 |
23 | だがダビデは言った。「ツェルヤの息子たちよ、ほうっておいてくれ。お前たちは今日わたしに敵対するつもりか。今日、イスラエル人が死刑にされてよいものだろうか。今日わたしがイスラエルの王であることを、わたし自身が知らないと思うのか。」 |
24 | それからシムイに向かって、「お前を死刑にすることはない」と誓った。 |
25 | サウルの孫メフィボシェトも王を迎えに下って来た。彼は、王が去った日から無事にエルサレムに帰還する日まで、足も洗わず、ひげもそらず、衣服も洗わなかった。 |
26 | 彼が王を迎えに出ると、王は、「メフィボシェトよ、なぜお前はわたしに従って来なかったのか」と尋ねた。 |
27 | 彼は言った。「主君、王よ、僕に欺かれたのです。わたしは足が不自由ですから、ろばに鞍を置き、それに乗って王様に従って行こうと考えておりました。 |
28 | ところがあの僕が主君、王にわたしのことを中傷したのです。しかし、主君、王は神の御使いのような方です。王の目に良いと映ることをなさってください。 |
29 | 父の家の者は皆、主君、王にとって死に値する者ばかりですのに、この僕を王の食卓に並ばせてくださったのです。この上、どのような権利があって王に助けを求めることができましょうか。」 |
30 | 王は言った。「もう自分のことを話す必要はない。わたしは命じる。お前とツィバで地所を分け合いなさい。」 |
31 | メフィボシェトは王に言った。「主君、王が無事に王宮にお帰りになったのですから、すべてツィバのものとなってもかまいません。」 |
32 | ギレアド人バルジライはヨルダン川で王を見送るためにロゲリムから下り、王と共にヨルダン川まで来ていた。 |
33 | バルジライは高齢で八十歳になっていた。彼は大層裕福で、マハナイム滞在中の王の生活を支えていた。 |
34 | 王はバルジライに言った。「わたしと共に来てくれないか。エルサレムのわたしのもとであなたの面倒を見よう。」 |
35 | バルジライは王に答えた。「王のお供をしてエルサレムに上りましても、わたしはあと何年生きられましょう。 |
36 | わたしはもう八十歳になります。善悪の区別も知りません。この僕は何を食べ何を飲んでも味がなく、男女の歌い手の声も聞こえないのです。どうしてこの上主君、王の重荷になれましょう。 |
37 | わたしにはお供をしてヨルダン川を渡ることさえほとんどできません。王はそれほどにお報いくださることはございません。 |
38 | どうか僕が帰って行くのをお許しください。父や母の墓のあるわたしの町で死にたいのです。ここにあなたの僕キムハムがおります。これに主君、王のお供をさせますから、どうかあなたの目に良いと映るままにお使いください。」 |
39 | 王は言った。「キムハムにわたしと共に来てもらおう。キムハムには、お前の目に良いと映るとおりにしよう。お前にはお前の選ぶとおりにしよう。」 |
40 | 兵士全体がヨルダン川を渡り、王も渡った。王はバルジライに口づけして彼を祝福した。バルジライは自分の町に帰って行った。 |
41 | 王はギルガルへ進んだ。キムハムも共に行き、ユダの全兵士もイスラエルの兵士の半分も王と共に進んだ。 |
42 | イスラエルの人々は皆、王のもとに来て、王に言った。「なぜ我々の兄弟のユダの人々があなたを奪い取り、王と御家族が直属の兵と共にヨルダン川を渡るのを助けたのですか。」 |
43 | ユダの人々はイスラエルの人々に答えた。「王はわたしたちの近親だからだ。なぜこの事で腹を立てるのだ。我々が王の食物を食べ、贈り物をもらっているとでも言うのか。」 |
44 | イスラエルの人々はユダの人々に言い返した。「王のことに関して、わたしたちには十の持ち分がある。ダビデ王に対してもお前たちより多くの分がある。なぜわたしたちをないがしろにするのだ。わたしたちの王を呼び戻そうと言ったのはわたしたちが先ではないか。」しかし、ユダの人々の言葉はイスラエルの人々の言葉よりも激しかった。 |